2013年3月8日金曜日

タネを抱く最期の姿

今年の夏は雨が少なくて畑はからから。

栽培方法の未熟さも相まって、楽しみにしていたさまざまな種類の枝豆も実が入らず、好物の島オクラも実らず。
実らないからタネもできず。けっきょく自分で育ててタネまでとれたのは、インゲン豆と黒もちトウモロコシだけだった。

茶色く乾燥したインゲン豆の鞘の中に入った小さなマメ。来年に命を繋ぐのだと思うと愛くるしい。
一方で、鞘は堅くてかさかさとしていて、特に美しいものでもないなと思っていた。


ところが、8月上旬に長崎県雲仙市の「種の自然農園」で岩崎政利さんの話を聞き、その見方が変わった。

「野菜が一生を通して最期に表現する、タネが実って枯れる瞬間。そこには、熟練した美しさがある。万感尽きて、子孫を残している。私に最期を託して。こんなに素晴らしいことが農業にはある。それが農の原点なんです」

にんじんのタネをとる岩崎さん


なるほど。

たちまち、鞘に母性を感じるようになった。

野菜が意志を持った生きものとして、よりリアルに迫ってくる。

岩崎さんは、野菜に命を吹き込む魔法使いのようだ、と本気で思う。

自分で栽培してとったタネ。そのタネと私との間には、毎年購入する「はじめまして」のタネとは違う、親密さが生まれる。まだ1回目のたねとりだというのに。


岩崎さんが生産した佐賀女山大根の鞘。
棒でたたいたり足で踏んだりしてタネをとる。


「タネは単なるタネではない。歴史や守った人の魂が詰まっている」と、岩崎さん。

岩崎さんをはじめ、さまざまな人たちによって脈々と受け継がれきた野菜には、それぞれにストーリーがある。そうした野菜には、おいしさはもちろん、愛着と魅力がきっとある。

(柏木智帆)

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